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9/8(木) 
裁判員制度」についての対談から
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 今回の日記。
いつになくシリアスなテーマでいっちゃうよ。

今から4年後に私達(有権者)が、刑事裁判で
被告人の判決を決めなきゃいけない法律が公布されたこと、
皆さんはご存知だったかしら?

これ、裁判員制度(後ほどもう少し触れます。)って言うんだけど、
実は、日本もその昔(戦前まで)、 陪審員が有罪か無罪を決めていたんだって。

それが太平洋戦争が始まると共に一時停止。
徴兵によって、陪審員に選ぶ人がいなくなってしまったから。

ちなみに当時の有権者は、男性のみ。
現在行われている、職業裁判官による裁判は、
その当時に制定されて今に至っているらしい。

ちなみに補足を入れるなら、
そのストップしていた「陪審員制度」が復活した訳じゃないよ。
有罪か無罪を国民が決めて、有罪になった場合のみ
職業裁判官が、量刑を決めるのが、陪審員制度で、
今度日本で実施されるのは、裁判員制度。

有罪か無罪、量刑までを職業裁判官と共に決める役割を担うのだ。

なぜ私が突然そんなこと言い始めたか。
実は、10月1日は法の日(陪審員制度がスタートした日だって)。
この日に向けて、大阪弁護士会会長と対談する機会を頂いたからだ。

聞いたことはあったけど、
自分には無縁だと思っていたこのお話。

ところが、全然無縁じゃなかったしっ!
「えーっ!?そーなのーっ!!私も出るのーっっ!!!」
って、なった。正直、怖じ気づいた。

だって、テレビや新聞で報道される事件を今までは無責任に
「これは許せんっ(怒)!」とか、
「この刑は甘過ぎないか?」とか、
家族や友人同士で議論を交わしていたりしたけど、
この議論の結果が人の人生を決めるのだ。

結果如何では、被害者の家族にとっては
怒りのぶつけどころが見つからず、はらわたの煮えくり返る思いで、
憎悪を持ち続けて生活をするという非生産的な時間を費やすことになるかもしれない。

被告人にとっては生と死。
生と死に関わる場合もあるのだ。
これは、難しすぎる議論だと思った。

対談当日に向けて、
裁判員制度についての冊子を読ませて頂いた。
少しでも、この制度の本質を理解した上で、言葉を選びたいと思ったから。

冊子に書かれている内容は、非常にわかりやすく、
私達の選定される経緯や、役割、判決に至るまでの条件が書かれていた。

そして、当日。
私は貴重な経験をさせて頂いたことに感謝しなければならないと心底思った。

4年後、いずれにせよ、この裁判員制度が始まる。
今のところ330人〜660人に1人の割合で
裁判員候補者として選ばれるということだ。

裁判員に選ばれた人はやむを得ない理由がない限り、基本的に辞退はできない。
ならば、この制度によって私達は何を学び、どう行動するかを考えることが先決だ。

会長をはじめ、関係者の方々が願われることは、
「法律の専門家ではない国民のニュートラルな感覚が、
現行の裁判の内容に反映され、それによって、
法を身近に感じ、司法に対する理解と信頼が深まってほしい。」
ということ。

対談中に出た展開としては、
「なかなか意見を言えない人もいるかもしれないし、法律の知識がないことで、
言葉に自信を持てない人もいるかもしれない。だけど、そういう人こそが、
事件の全体像を客観的に見られている人だと思うのです。
その貴重な1人1人の意見が必要なのです。」
などもあった。

私の思いとしては、
人を裁くという責任を担った時、自分を、または自分の人生観を
深く見つめる大きなきっかけになるだろう、ということ。

人として生きていくなら、このきっかけは
人生にとって絶対によりよい結果をもたらしてくれると思う。

今の統計では、国民の7割の人が
「裁判員に選ばれたくない」と思っているらしい。
私もそうだったけど、この対談のお陰で少し楽になった。

今回の日記を読んで下さった方にも、同じように楽に思って頂けたら嬉しいな。
でも、全てを説明できた訳ではないので、あしからず。

えらい難しい日記になってしまった。
こういうのも有り?



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